「相殺して振込します」「この金額は相殺後の金額です」と「相殺」という言葉を仕事柄よく耳にします。
今回は消費税法において、売上と仕入の相殺は絶対にやったらダメという話を書こうと思います。
(相殺の読み方は「そうさつ」ではありません、「そうさい」です)
後日、関連した話で「クレジット決済の入金額だけ処理していませんか?」の記事を書きましたので、併せてご覧ください。
仕訳は総額で処理、相殺後の純額で処理しない
会計と税法では目的が少し違います。
会計は「適正な期間損益計算」、税法は「課税の公平性」を目的としています。
会計にも「総額主義の原則」がありますので、売上と仕入を相殺して純額で表示することは禁止されていますが、売上と仕入を相殺しても最終値である利益の金額は同じです。会計では「いくら利益が出たのか?」という情報が重要です。
(会計処理されたものは、最終的に法人税や所得税の事業所得の計算で決算書として添付されるため、いずれにせよ総額処理が求められますが)
一方、税法では「課税の公平性」を目的としていることから、「正しく税額の計算をしているのか?」とうことが重要となってきます。
正しく税額計算がされているのかを確認するには、「益金(収入金額)は何円だったのか?損金(経費)は何円だったのか?」という税額計算の過程の金額を明らかにする必要があります。
実務上も各種明細書は基本的に上から順番に足したり引いたりして計算する形式になっています。相殺してしまうと明細書に空欄ができてしまい、うまく計算できません。
タイトルでも書いた通り、特に「売上と仕入の相殺が厳禁」の税法が消費税です。
消費税では課税売上高が重要
消費税では税額計算の過程で千円未満切捨や百円未満切捨の端数処理が何度も出てきます。
そのため、売上と仕入の金額を相殺しなかった場合と相殺した場合では、最終の消費税額の金額が異なってきます。
そして、この消費税額の金額が異なる問題で最も問題となるのが、簡易課税を適用しているケースです。
次のブロックで簡単な具体例を使って説明します。
売上と仕入を相殺処理して簡易課税を適用してしまうと?
加工業で材料を有償支給(材料代金を加工品納品先から買う)されている会社があるとします。
売上5,500万円、有償支給の材料仕入3,500万円 とします。毎年同じ業績とします。簡易課税の届出有り。
有償支給の材料代の支払は、加工品納品先から受け取る売上代金と相殺しますので、毎月の売掛金請求書は納品分の売上金額から有償支給の材料代を差し引いた差額を請求することになります。
お金のやり取りの相殺は問題ありません。売上代金として差額分が入金されます。
売上と仕入を相殺せずに正しい処理をすると、
二年前も売上5,500万円で5,000万円超、簡易課税が適用できず原則計算を適用。
(売上5,500万円ー材料仕入3,500万円)×税率10%=200万円
(計算を簡単にするため、簡便的な計算方法をしています。)
一方で、売上と仕入を相殺して処理していたとすると、売上が相殺後の2,000万円(5,500万円ー3,500万円)、材料仕入は0円(相殺処理したので仕入金額は出てこない)です。
2年前の売上も相殺後の2,000万円とすると、5,000万円以下で簡易課税の適用ができてしまいます。(間違って適用してしまったという場合です)
消費税の計算は、
売上2,000万円×(1ーみなし仕入率60%)×税率10%=80万円
材料有償支給の場合は第三種でみなし仕入率は70%ですが、間違って仕入が売上と相殺されてしまっているため、仕入金額がゼロ(無償支給)=加工業として4種(みなし仕入率60%)と間違って判断したという設定です。
少し、金額が極端になりましが、売上と仕入を相殺するかどうかで消費税額が全く異なっています。正しい処理だと本則課税の200万円、誤った処理だと簡易課税の80万円です。
本来は簡易課税の適用を受けられないはずの会社が、間違って売上と仕入を相殺して処理した結果、売上金額が圧縮されてしまい、簡易課税が適用可能という誤った判定をしてしまいました。
その結果、消費税額が過少になってしまいました。
この様な間違った処理で毎年申告していると、どうなるでしょうか?
数年分の消費税未納付分を税務調査で指摘される
具体例の様な相殺処理をしていた場合、売上金額が仕入と相殺後の金額で計上され、仕入金額は出てきません。
相殺により売上金額が小さくなり、本来の事業規模に比べて、事業規模が小さく見える財務諸表となります。
一方で他の諸経費は本来の事業規模を反映する金額が記載されていますので、売上金額から見た事業規模の割に賃金などの他の科目の金額が多かったりします。
財務諸表全体を眺めると、不自然な財務諸表になっている可能性もあります。
不自然な財務諸表の数字が税務署の目に留まる場合もあるかもしれません。
(税務署は申告された書類の数字に異常値がないか自動的に判別するシステムを導入しています。税務署は毎年申告された日本全国の会社の財務情報を持っているので、同規模の同業他社の財務諸表との比較が可能です。)
そして、実際に税務調査があれば、売上と仕入の相殺処理について、まず指摘を受けるはずです。毎年相殺処理をしていたのであれば、修正する年数は3年又は5年(場合によっては7年)となり、それなりの追加の消費税額となります。
加えて、ペナルティーの過少申告加算税や利息に相当する延滞税も発生します。
税理士事務所で仕事をしていて、よく見かけるのが、一般の方は「請求書の入金額しか見ていない」という事です。
相殺があっても相殺後の実際に入金(又は出金)する金額しか見ていないことが多いです。
今回の具体例の様な材料有償支給のケースでは、必ず加工品の納品先から材料有償支給に関する資料を受け取っているはずです。
また、納品先へ提出する売掛金請求書の内訳欄にも相殺前の売上金額の総額、相殺される材料有償支給に関する事項などを記載すべきです。単に相殺後の請求金額だけを記載してはいけません。
簡易課税は全然簡易ではない
消費税の簡易課税制度というのは、本来の原則課税の様に仕入税額の計算をする必要がありませんので、その部分では確かに簡易的な計算方法であると言えます。
ですが、簡易課税制度は今回の具体例の様に、少し間違った処理をしていまうと、とんでもない間違いをしてしまう非常に怖い制度です。
簡易課税制度については届出の出し忘れ(不適用届出の出し忘れ)、簡易課税の適用可否判定の判断誤りなどもあり、我々税理士事務所側からしても注意しないといけない制度です。
令和5年10月1日からインボイス制度が始まります。今まで免税事業者であった事業者の方のうち、一定の割合の方は簡易課税制度を選択する課税事業者となると思いますので、簡易課税を選択される場合は、今回の具体例の様にくれぐれも売上と仕入の相殺はしないように注意してください。
なお、以前に インボイス制度で課税事業者になる方がいいのか?、インボイス制度導入により免税事業者の益税がなくなる という記事も書いていますので、参考になれば幸いです。